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うつ病とわかって救われた!パニック障害と診断されてから5年かかった!

      2015/11/22

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あり(20代女性)と申します。

やっとうつ病と医者から病名を告げられて、私はほんの少し救われました。その5年前には、パニック障害と診断されていました。「落ちるところまで落ちたら、這い上がるしかない」という言葉を胸に、私は生活できるようになりました。そして、生きていきたいと思います。

【崩れていく生活】

元々義務教育時代から周囲とは馴染めず、社会的にも浮いてはいましたが、そんな自分を特に気にせず生きていました。自傷癖もありましたが、だからどうしたと思いながら生きていました。自分を傷つければそれだけ頑張れたからです。

しかしそんな生き方はやはり長く続かず、自分の不穏な変化に気付いたのは、何気ない事からでした。ある日突然、外食中に激しいパニックに見舞われました。自分でも何が起こったのか全くわからず、「帰りたい、帰りたい」とそれしか口にしていなかったと思います。

それから次第に車に乗る事が出来なくなり、家族と食事を囲む事も不可能となっていきました。

そんな私の様子を見かねた母が、病院に行こうと連れて行ってくれたのです。病院で受けた診断は「パニック障害」ということでした。

家族は皆安堵したようでした。勿論そうでしょう。原因がわかったのですから。しかし当人の私にしてみたら、義務教育時代から抱えている虚無感、自傷癖、何を食べても美味しいと思えない。それらの症状を自覚していましたから、パニック障害だけではないと確信していました。

【パニック障害と診断されてから5年が経ち、ようやく姿を現したうつ病】

パニック発作は処方された薬を飲み、比較的早く落ち着きました。外出も可能になりましたし、外食も可能になりました。しかし、どうにもこうにも体を動かす気にならないのです。

元々読書が好きで、年に100冊読破を目標に読書に勤しんでいた自分が、まるで本が読めない。眠れない。食事の味は相変わらずしない。情けない事にお風呂にも満足に入れない。状況は酷いものでした。そこまできて、ようやく主治医に現状を話す覚悟が出来たのです。

「うつ病だね」主治医の一言は実に呆気なく、言われた身としても「やはりそうですよね」としか言いようがありませんでした。仕事にもつけず、毎晩のように眠れない夜を過ごし、何もする気にならないのですから、理由がない方が怖いものです。

病名を告げられた時、やっと私は自分と向き合わなければならないのだと感じました。そしておかしな話ですが、病名を告げられたことによってほんの少し救われたのです。

【どんなになろうと生きる】

今現在、私はまだ寛解しておりません。皆さん同様、戦っている身です。通院歴は10年になりました。

それでも今ではボランティア活動に参加出来たり、月に1冊でも本が読めるようになりました。食事も少しずつ楽しめるようになっています。相変わらず仕事はまだ出来ていませんが、自分と向き合う時間を楽しめるようになってきましたし、眠ることも前ほど苦ではありません。

「落ちるところまで落ちたら、這い上がるしかない」私はこの言葉を胸に、今は生活しています。

もがいて、あがいて、どうしようもない日があっても、生きていきたいと思います。そして必ず寛解したよ、と笑って言える日がくることを信じています。

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