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私のうつ病は高校時代の引きこもりから!思わぬ出会いが支えてくれた!

      2015/11/25

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utuboy(20代男性)と申します。

私のうつ病は、高校時代の引きこもりにさかのぼります。この不登校は誰にも認められず、自己不信の生活が幕をあけました。大学では自分自身を救うために、心理学を専攻しました。アルバイトで、思いがけない出会いが私を支えてくれる人を増やしてくれました。

医師の言葉による自己不信の始まり

私は現在26歳になります。去年、うつ病によって退職し現在は日常生活を取り戻す為に傷病手当を給付して頂きながら毎日を過ごしています。

今に思えば、このうつ病という病気との闘いの始まりは、うつ病と認定された1年前からのものではなく、高校時代にさかのぼるのではないかと思っています。

市内ではいわゆる進学校と呼ばれる高校に進学し、他の生徒が塾に毎日通う中で私は部活をして家に帰る生活。それでも成績は中の上ほど、中学からの友だちも居り、いじめ等も何もありませんでした。

しかし、高校1年生の秋に急な胃痛によって学校を休みました。内科に診察してもらいましたが異常はなし。軽い胃薬を処方されて様子見になりました。

しかし、何が理由かその日から朝の胃痛が治らず、高校を続けて休むようになりました。続けて休む期間が1週間を超えると、母親の心配と憤りが爆発して喧嘩になり、部屋に閉じこもるようになりました。今思えばこの時にはすでに、うつ病はすぐそばまで忍び寄っていたのだと思います。

結局、家族のサポートの中どうにか図書館通い等をして、1年間はその高校で過ごしました。しかし通い続けることは難しく、通信制高校に二年次編入という形で転校することになりました。

部屋から出られず、情緒も不安定、不安から私は自分で精神科に診てもらうことを決意しました。

もともと真面目な気質で人との対話も苦手ではなかったためなのか、精神科の先生に言われたのは「若いし、会話もしっかりとできている。学校を休みたくなることなんて誰にでもあるから大丈夫」という内容でした。

先生からすれば安心させる為の言葉であったかもしれませんが、私にはその言葉は「君には精神的な問題はないよ。どうして精神科なんかに来たんだい?周りに心配されたいのかな」と言われたように聞こえてなりませんでした。この日から、私は自分自身に「サボっているだけの価値のない人間」というレッテルを貼りながら生活するようになりました。

アルバイトでの子どもの笑顔

通信制高校での日々の中で、私は3回ほど病院を変えて精神科・心療内科を訪れました。結果はどこも同じようなものでした。

言葉だけならまだしも、嘲笑にも見える笑い方をした先生もいて、私は医師を信用することができなくなりました。誰も辛さも、不安も、悲しみも理解しようとしてくれないのなら、いっそ死んでしまおうと考えたこともままあります。

それから自らの力で、自分のように苦しんでいる人を将来的に助けたくて、心理学を学ぶことの出来る大学へと進学しました。

そこでは本来の目的とは違うけれど、今の私がこうして生きてこの記事を書くことができている理由になる出会いがあったのです。

大学の始めは新天地での開放感からか、通学もできるよういなります。飲食店でのアルバイトに飽きて何か珍しいアルバイトはないかと探していた頃に、大学のアルバイト募集で一つの募集に目を奪われました。

それは私立保育園での保育補助(子どもと遊ぶ、必要な用具を運ぶなど)のアルバイトでした。保育なんて勉強してもいなかったし、なんだったら当時は子どもって何するか予測出来ないから苦手でした。

でも目を惹かれ面接に行くと、受かってしまい通うことに。それから私はほぼ4年間その保育園でお世話になりました。子どもは何も出来ないから助けてあげなくてはと思う中で、日に日に実感したのは子どもたちがくれる笑顔が、私の心を少しずつほぐしてくれていたとうことでした。

支えてくれるものの大切さを実感しよう

今私は自己不信との闘いの中にいます。保育士となり退職するきっかけになったうつ病の診断を機に、少しずつ自分を許してあげても良いのではないかと思えるようになってきています。

本来だったら落ち込んだりショックに思うはずの病名を聞いて、高校時代の自己否定を繰り返していた自分を、間接的に許してあげることができたのです。

うつ病は辛いです。何が辛いってどんな素晴らしい医師でも肉親でも、親友でも、ましてや同じ病気で悩む人であっても辛さを真に理解してもらうことができないのは辛いですよね。

時には、希死念慮や自傷行為にいたることもあるでしょう。そんな時に嫌でも頭に浮かぶ人が、あなたにもきっといますよね。私の場合はそれが家族であったし、何時の頃からか私と関わってくれた子どもたちにもなりました。

最後に、月並みな言葉で締めようと思います。あなたが苦しんでいること、あなたが大切に思う人も心を痛めています。それはあなたの辛さを理解できない苦しみであり、あなたの現状を見る苦しさであり、あなたを助けてあげることができないことへの苦しみでもあるかもしれません。

苦しい時にこそ大切な人を思い出して、時にはわがままに甘えて良いと思います。意外なことに、望むと望まざるとに関わらず、あなたが苦しい時に一緒に苦しんでいる人はいるものです。

私とこの記事を読んでくれたあなたは、文字の集合体を打ち込んだ人間と受け取った人間に過ぎません。それでも言わせてください。一緒に闘って生きましょう。

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