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うつ病と診断された私は、睡眠障害で寝たきりだった!

      2015/08/29

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三珠(20代女性)と申します。

幼児期は手のかからない、大人びた子供で、物心つく頃には家族にさえ気を使っていました。その後大学受験に失敗して、孤独な浪人期間を過ごしました。やっと解放されたら、今度はうつ病と睡眠障害がやってきました。そんな私のうつ病と診断されるまでの体験を、お話ししたいと思います。

周囲から見た幼児期

友達は要りませんでした。一人で好きな事をして、静かに遊ぶのが好きでした。周囲に束縛されるのを嫌がり、ですが規律は守る、そんな性格だったせいか、大人たちがとても褒めてくれたのを覚えています。

友達は要らないといっても、孤独だった訳ではなく、数人程、顔を合わせれば遊ぶ、そんな関係の友達も、もちろんいました。

家族の前での幼児期

基本的には周囲の人間の前の態度と変わりませんが、より一層自由な行動が顕著でした。ひとりでお風呂に入りたがる、ひとりで好きなテレビ番組を見る、などです。

周囲から見た学生時代

友達、というよりも知り合い程度の人間がたくさんいました。女の方は、特に学生時代は、集団を作りそこに属する傾向がありますが、私はどこにも属してないようで、しかしどこにでも私の入る余地はある、そんな一風変わった人間でした。

この頃からあがり症が激しくなり、人前での弁論や発表が苦痛で仕方ありませんでした。ですが得意な科目があったため、そこに価値を見いだし、あがり症の克服に挑戦していきました。結果としてはまずまずでした。ですが相変わらずあがり症は治らず、悩む日々が続きました。

家族の前での学生時代

幼児期からの自由な言動はいつの間にか消えていました。気付いたら、親の顔色を伺いながら、その場を盛り上げるお調子者の役割を嫌が応でもしなくてはなりませんでした。

というのも、この頃両親の不仲が続き、家庭環境は複雑化していたのです。私に出来る事は、せめて私がいるときだけでも、楽しく過ごしてほしい。そこに意味を見いだし、ただひたすらに『場の空気を読んで』発言、行動していました。

息苦しいとは感じませんでした、家族の事ですもの。ただ、月に2回は膝を抱えて声を殺して泣いていたことも事実です。

周囲および家族から見た浪人生活

誰にも、誰一人とも、連絡を取らなかった時期です。私は予備校に通っていたのですが、イヤミな講師に標的にされ、簡単に言えば虐められていました。

ある日気付けば予備校に通う事もできずに、周囲の公共の図書館や、ひとけのないカフェで勉強もせずぼーっと時間が過ぎるのを待っていました。

怠けているのではありません。ただ、何も手に着きません。極度の不安とプレッシャー、そして究極の孤独にただ身構え震えていました。

周りから流されるように受験校を決め、そのまま浪人した上に予備校にも通えない。そのことが辛く、悲しい。誰が理解してくれるでしょうか。次第に生活リズムが狂い始め、今思えば抑うつ状態に陥っていたのではないかと想像しています。

大学進学直後の心境

さて、体験談の終盤が近づいてきました。私は二度目の受験で某国公立大学に受かり、飛行機で2時間程度の距離にある学生アパートに住むこととなりました。

初めての一人暮らしに胸が躍りました。それ以上に、あの悪夢のような浪人生活が終わったのだと思うと飛び跳ねたい気持ちでいっぱいでした。勉学へのやる気も蘇り、人生プランを立てて、毎日充実していました。

うつ病の前触れか?睡眠障害

大学生活を送るにあたり、違和感を感じました。楽しいはずなのに、充実した一日を過ごしていたはずなのに、どうしても夜眠れない。眠れたとしても、朝方3時ごろにならなければ眠れません。

また、食事をとるのを忘れてしまうことも増えて行きました。体力が削られていくのを実感した私はインターネットでいろんな事柄を調べました。

しかし一向にめぼしい記事は見当たらず、ただの睡眠障害ということで心療内科に通い始め、医師に環境の変化のストレスだと片付けられてしまいました。この頃何かを感じたのか両親からの電話がありましたが、出る勇気がなく、無視し続けていました。

うつ病の発症

朝方になっても眠れない日が訪れました。私は大学の単位だけは落としたくないと思いました。留年しないように、必要な授業の時間まで起きていて、大学に通い、最低限の授業終了と共にお昼も食べず帰宅し眠りました。

すると2時間後には目が覚める。食事はとる元気すら無く、買い置きしていたジンジャーエールの瓶とお菓子を一日1回接種していました。

病院に通う体力はありませんでした。ベッドの上で寝たきりになり、唯一排泄のみが私の出来る行為でした。

うつ病の診断

ある日、ぼんやりとした意識の中、玄関のチャイムが鳴りました。体を引きづり玄関をあけると、そこにいたのは母でした。私の顔を見るや否や、見た事が無いくらいに驚いた表情で、私を抱きしめました。

母は泣いていました。この頃私は体重が1ヶ月で50キロから42キロまで減っていたのです。それから母とともに、通っていた心療内科ではなく別の精神科に行き、医者に診てもらいました。

言われた一言は、「あなたはうつ病です。もう、大丈夫ですよ。治療しましょう」以上が私のうつ病と診断されるまでの過程です。

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