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衝撃の強制送還後に双極性障害と言われた僕が、いま入院中に思うこと

      2015/08/04

花の画像ぶんた(20代男性)と申します。

ある日、突然僕が望まないのに、無理矢理連れ去られました。その時両親は泣いていましたが、その意味はずっと長いこと分かりませんでした。でも今なら分かります。本当の苦しみと生きる幸せについて、僕の入院先からお伝えしたいと思います。

精神障害なんて無縁だと思って生きて来た

僕は小さい頃から活発で、自分で言うのはなんだけれど勉強もよくでき、特に思い起こすような不幸など、まるで無縁な子供時代、青年時代を過ごして来たと思います。

進学高校へ進み、そこで生まれてはじめて彼女も出来ました。

大学受験も浪人無しで一発でクリアして、実は、今だから言えることだが「不運」だとか「不幸」と言う意味もよくわからない若者だったと思います。

大学時代

東京の大学へ入学が決まり、僕はひとり暮らしをはじめました。

大学生活は最高だと思えました。

まず、両親の元を離れて、のびのびと生活をすることが出来ました。自分のことは自分で管理するという生活がこれほど素晴らしいものだとは、今まで知る由もありませんでした。

しかし、僕はバイト仲間との間で、麻雀やギャンブルにハマっていきました。後日、このギャンブルの話を持ち出すと、僕の人生が狂い出したのはこの頃だろうと人は言いますが、僕の病気は、このギャンブル依存よりも前に存在していたのだと思います。

それは、僕のアップ&ダウン、つまり躁うつのある心が、実は幼い頃から存在していたからです。

前触れも無しに、突然心が落ち込む

僕はその頃、だんだん落ち込むようになっていきました。

特に、何か大きな悩みがあるわけではありませんでした。

ただ、何もやる気が起きないのです。そして怒りっぽくなりました。

彼女とも、大きな声でよく口論しました。しかし、次第に口論する元気も無くなって来ました。大学の講義へも行けなかくなりました。理由はありませんが、体が思うように動かなかったのです。しかし、すこしずつ、落ち込むことも無くなり、いつもの元気な活気ある僕に戻って行ったので、クヨクヨすることはありませんでした。

突然の強制送還

ある日、僕は酒の勢いで大暴れをしました。なぜ、暴れたのでしょうか?うまくそれを思い出すことが出来ませんが、些細なことだったんだと思います。友人達は僕の手足を掴みました。力一杯押さえつけられました。「やめろ、離せ!」そんな言葉を、喉が枯れるぐらい叫びました。

そして、明け方、気が付けば僕の体は全身しばられていて、ベッドへ横たわっていました。

ここは、どこだろう?家へ帰りたい

僕は、はじめ自分が何者かに誘拐されて、監禁されているものだと本気で信じていました。僕は「ここから出せ」とか、少しどなったと思いますが、だんだん落ち着きを取り戻していきました。

そしてドアから現れた人物が、僕の両親とK先生でした。ただ僕は今自分のいる場所がよくわからないままでした。

落ち着いて来て、先生は優しく僕に話しかけて来ました。

それは、何気ない世間話でもするような感じで話をしました。

僕は黙っていました。それはこの話を聞き終えたら、家へ帰れると思っていたからです。しかし、先生はこう言いました。

「君はすぐに家に帰れるけれど、少し検査が必要だから検査入院の手続きをとった…」

検査入院?一体なんの検査かと思いましたが、僕は疲れていて頭が回らず、適当に頷きました。

それから、僕の長い本格的な闘病生活がはじまりました。

双極性障害

先生がくだした僕の病名は「双極性障害」というものでした。

うそだろ?と思いましたが、大学生活での僕の尋常じゃない行動が、だんだんと自分でも理解しはじめてきました。

僕はアップ&ダウンを繰り返していました。つまり、心が躁の時は、心がまるで有頂天になり、自分が何でも出来る全知全能なんじゃないかと思っていました。そうなると、とても行動的になりました。名案が浮かびます。友と一緒にこの気持ちを語りたくなりました。

でも、この時期の僕も、僕以外の人間から見れば、とても正気ではなかったようです。そして、その躁の時期が過ぎれば、井戸の底に落ちるように僕の心は落ちていきました。

まるで、世界には光りというものが存在しないかのような気持ちになったのです。

これからの僕は

僕は、今も入院生活を送っています。大学は自主退学をしました。彼女とは別れました。

しかし、僕は生きる気持ちを、未だに持ち続けています。最近はずいぶんと穏やかになり、病院があっせんしてくれた作業所というところで、簡単な仕事をこなせるほどにもなりました。

僕は生きるというよりも、今は生きていたいと思います。

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