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うつ病の身体症状に注意!自分の一番弱いところに出るかもしれません。

      2015/10/01

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さくら一郎(50代男性)と申します。

最初にうつ病にかかったのは、30歳の終わりです。それから、大きく悪化することはありませんが、ずっと低空飛行でやってきました。仕事はその中で、2回転職(うつ病が原因ではなく、キャリアアップの転職)をし、なんとかうつ病と折り合いをつけて生きて来ました。うつ病は自分の身体の中の一番弱い場所に、身体症状として出ることもあります。注意が必要です。

ある日突然耳鳴りが・・・

最初にうつ病が発症したのは、30代の終わりです。

その頃私は、全社を挙げたプロジェクトのリーダーをしていて、非常にプレッシャーとストレスのかかった状態でした。何しろ、それが失敗したら会社がつぶれてしまう、というくらいの位置づけでしたので、必死でした。

朝は7時に会社に行き、終電まで残って、メンバーに指示をだし、社長を始め、関連する役員と調整をし、その一方で自分でも企画書を作り、同時に全社に向けてプロジェクトの方向と進捗のメッセージを発信する、という内容でした。

それで表向きは自分で言うのもなんですが精力的に仕事をし、個人的には何の問題もないかのように見えていましたが、ある日突然耳鳴りがし始めました。耳の中に水が入ったような感じで、音がすべてぼわーんと反響して聞こえるのです。

それでも放っておいて、その間にプロジェクトが無事に終わり、私のアウトプットしたものをベースに各部署が動き始め、私もその中の一つの責任者になりました。

それはいくつかあった部署の中でも最も難易度が高い仕事で、私は半ば自ら手を挙げてそれについていました。

しかし、そのポジションについて、改めて現場を見、リソースを確認し、競合を調べていると、本当に立ち直れないくらいの状況だということがわかりました。それでも、自分で選んだ道ですので、なんとか成果を出さなければならない、というまた違ったプレッシャーとストレスの中で仕事をしていました。

耳鳴りはどんどんひどくなって、左耳が聞こえないくらいになっていました。そして、ある日、改めて事業のベースとなる数字を見ていた時に、急に叫びたい衝動にとらわれました。まるでムンクの「叫び」そのままの感じで、「どこにも答えがない!」そう叫びそうになりました。

しかしそれは辛うじてこらえ、これはもしかしたら問題があるのではないかと思い、自分で精神科に行ったところ「うつ病」と診断されました。

しばらくは耐えていたが、仕事の効率も落ち、自ら閑職に異動願いを出す

精神科では抗不安薬と抗うつ剤を処方されて飲み始めましたが、症状としては今度は判断力がなくなる、自分で何かをしようという気力がなくなる、相手の言っていることが分からなくなる、と言った段階まで来ました。会議をしていても、そんな状態ですので、まかりから明らかに不審がられました。

そうこうするうちに今度は「希死念慮」のようなものが出て来ました。死ねばここから逃れられる、という思いです。しかし一方ではそれは症状が進んだからだということもわかっていたので、このままだと本当に死んでしまうと思い、思い切って人事に申し出て、閑職に異動させてもらいました。

それから10年。基本的に症状は多少改善したが、薬は手放せない

その閑職に回されたことがよかったのか、すべてのプレッシャーとストレスから離れて、症状は改善しました。しかしそうなると今度は仕事をもっとしたくなるので、このままでいていいのかどうか悩むようになり、その頃ちょうど声をかけてもらった、他社に転職することにしました。

次の会社では、希死念慮までは出ず、薬も効いたのか、うつ病は悪化しないで、なんとかやっていました。(ストレスもプレッシャーもありましたが)。

しかし、完全に寛解とまでは行かずに、何か大きなストレスのあることが発生すると、非常に気分が落ちて、抗不安薬を飲まなければなりませんし、睡眠も中途覚醒が起こって十分にとることはできていません。

ただ、薬の力を借りれば、通常の社会生活はできているので、それだけでも良しとしなければならない、と思っています。

うつ病は自分の一番弱いところに出る

最初私は自分がうつ病だとは思いませんでした。

耳鳴りがしましたが、何か他の病気だと思っていました。

しかし、うつ病はまず自分の身体の中の一番弱い場所に症状として出るようです。ですので、腹痛が治らない(検査しても原因がわからない)、めまいがする、言葉が出てこない、などの自分でおかしいなと思ったら、その症状と直結する病気のほかに、うつ病というものも考えたほうがいいと思います。

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