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うつ病になり人生計画が狂った!これからようやく新たな目標を実現する!

      2015/11/02

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おやじん(40代男性)と申します。

私は30歳を過ぎて、仕事の忙しさと生活習慣の乱れから自律神経失調症なり、そのままうつ病にもなりました。人生計画が狂ってしまいました。そんな私ですが、これから新たな目標を実現しようと思っています。何とかやっていけるような気がしています。

うつになる前の状況

私は15年前、東京のソフト会社で働いていました。ちょうどITバブルの頃で仕事が猛烈に忙しく、それまで働いていた部署から別の部署に異動になりました。

その時は父が他界した直後でいろいろ不安定な精神状況だったのですが、異動の話を聞いた時は前向きに心機一転、自分のスキル向上も含めて意義のある異動だと思い、寧ろ希望に満ちて新たに頑張ろうという気持ちの方が強かったです。

理由はいくつかあります、まずは父が他界して母が実家で一人暮らしをしてる事です。この事は将来地元に戻って再就職するという事を示唆していて、その為にも自分のスキルの向上は必須と思っていました。

その時地元に住んでる女性と遠距離恋愛しまして、女性の方が将来こちらに上京する予定でしたが、それをやめて自分が地元に戻り結婚をするという目標が出来た事があります。

今までとは全く違う業務内容だったのでとまどいました、残業も毎日終電まであり、時には朝帰りもありました。でも自分には目標があったので全然苦ではありませんでした。

半年ぐらいして体の調子が悪くなってきました、朝起きれないのです。また仕事中ふらふらするようになりました。

疲れているだけと思い栄養ドリンクと、たまの休みに焼肉とカラオケ、ギターが趣味なので新しいギターの購入などストレスの発散をして毎日をこなしていました。

ですが症状はさらに悪くなって行き遅刻を繰り返したり、仕事に集中できず失敗したりして、上司からも暫く休めと休職する事になりました。

休暇を貰ってから状況は改善したように見えました

今まで殆ど有休を使った事がなく、休日出勤を繰り返していたので、会社も休職に関してはすんなり認めてくれました。

とりあえず1カ月もらったのですが地元に帰り、友人と遊んだり、彼女と会ったりしてとても楽しい休暇をすごしました。

たしかにこの休暇では朝起きれるようになりました。帰った時に親、恋人、友人たちに顔が変わったと言われていたのも、表情が明るくなったと言われ十分成果はあったと思います。

私はこれでリフレッシュできたと思い、1ヶ月で再び会社に戻りました。ですが仕事に復帰した途端、朝は起きれない、ふらふらするといった症状がまた出てきて、そこで初めて病院に行きました。

最初の病院では、心療内科に行きなさいと言われ心療内科にいくと、自律神経失調症と診断されました。生活を改善する必要があると言われ、それから改善する事になりました。

自立神経失調症からうつ病へ

休職で体は治ったと会社には言っていたので、病名を控えてだましだまし仕事を続けました。仕事は相変わらず忙しく、生活の改善は全く出来ませんでした。当然体の調子がもとに戻るはずがなく、唯一彼女との電話が自分の心の拠り所でした。

でもある時、彼女から別れようと言われました。自分には理由もわからないまま、別れてしまいました。

そこからはさらに仕事に集中できず、とうとう自分が議長を務める会議に大遅刻をしてしまい上司に呼び出されました。その話がきっかけでした、自分ではどんなに怒られても、食いしばって仕事をしようと思っていました。

その上司は自分を見て笑いました、「もうお前駄目だな」と。自分の中で何かが壊れた気がしました、部屋を出たあと、部署に戻らずそのまま帰ってしまいました。

それからは何をしたのか記憶がすっぽり抜けいているのですが、社宅で1週間会社に行かず引きこもったのだけ覚えています。朝電話が来ても無視してゲームをしていました。

2週間ぐらいたって会社の総務の人が家に来ました、そして話をして、再び休職する事になりました。

実家に戻り、結局そのまま会社を退職しました。前回の休職とは違い、全く何もする気にはなりませんでした。

父親が他界して地元に戻ってくるという目標はかないました。ただ予定していた計画と現実の差がさらに自分を締め付けました。なんでこんなになったのかと後悔だけで、前に進もうという気は全く出てこないで、何もやる気が起きません。

地元の心療内科に行きうつ病と診断をうけ、薬を処方してもらい治療する事になりました、その時医者から彼女の有無を聞かれ理由を聞くと、EDになると言われました。自分にはもう関係ないと、その時だけは久しぶりに笑った記憶があります。

うつから社会復帰へ

3年自宅療養を続けましたが、友人知人とは前回のように会いませんでした、会いたくなかったです。やる気は相変わらず起きません、「あの時ああしていれば」とか「彼女がもっと気遣ってくれていれば」とか、「なんで父親は死んだんだよ」とか、人のせいにしてばかりいました。

アラフォーに近づいた時、1つの答えが出ました。自分の人生は終わった、結婚も出来ないだろうし、人と同じ事は出来ない、就職も無理だと。

そしたら逆に楽になりました、死ぬことは毎日考えていたのですが、怖くて出来ない。だったら死ぬ時が来るまで、生きる手段だけ考えていこうと。

現状自分が生きていくにはと、1ヶ月単位で生活費を計算しました。とりあえずは実家暮らしなので、5万ぐらいあれば生活できると思い、まずは5万円稼ぐ方法を探しました。土日休みの1日5時間のバイトをみつけ、そこで働き始めました。簡単な軽作業なのでなにも考えずにこなしました。

でも心の中で変化が起きました、職場の人と話をしている内に、冗談とか言えるようになって笑っている自分がいました。自分の事を知ってる友人知人より、自分の事を全く知らない人達と接する内に、全く知らない場所にいる気がしていました。そして時間がゆっくり流れている感じがしたのです。

バイトは楽でした、重要な程の責任もないし、流れ作業をこなすだけだし、5時間だけなのであっという間に終わりました。終わっても職場に残り、同僚と話をして盛り上がりました。

自宅ではじめた商売が面白いと感じた理由

ある同僚から、自宅で商売を始めてみればと言われ、自宅で商売をする方法を考えました。アパレルの小売サイトを開業し最初は大変でした。自分が生活できるぐらいで良いと思っていたので、コストをかけず薄利多売でなんとかそれぐらいは稼げるようになりました。

サイトの運営、お客さんの対応、受注、発送、仕入れ全部一人でやっているので、仕事の時間は多くなりましたが、全然苦になりませんでした。

サラリーマンやバイトとは違い、全部の仕事の流れがわかるので、気の緩める場所があると真昼間でも飲みに行ったりしました。辛かったら休めば良いし、今までとは違う仕事に対してのアプローチがとても新鮮で、面白く感じるようになりました。

ここが肝なのですが、そもそも売り上げの向上を狙う必要はないのです。だって家族とか養うわけでもなく、自分が生きていける分だけ稼げれば良いのですから。でもそのカツカツの生活の中、なんとかやりくりして女性と遊んだり、旅行をしたりして楽しい思い出はたくさんつくりました。

アラフィフになった現在、うつの症状は出ていません、なぜかというと自分の中にうつで悩んだ時間より、この楽しんだ約10年という時間の方が長いという経験が、自分を気持ち良くさせてくれるのです。自分は十分楽しい人生を歩んでると。

これはとても大事な事だと思いました、人間特に日本人、さらにうつになりやすい真面目人間は、無理やりにでも楽しい事ばかり続くと、今度はなんか悪い気がしてくるんですよね。このままじゃいけない、真面目に生きようとかそういう気持ちが沸いてくるんです。

新たな目標

今は新たに無理なくゆる〜い目標を設定して、実現しようと思っています。子供はあきらめているのですが、2人で生計を立ててくれるパートナー、つまりは結婚です。仕事も続けていれば良い方向にいくらしく、少し蓄えも出来るぐらいになりました。

少し前に自分を認めてくれる同年代の女性と付き合い始めて、彼女と一緒に過ごしていければと思います。

自分が人と同じ人生計画ではないという事実を認める事、楽しいと思われる思い出をとにかくたくさん作る事、全く自分の事を知らない環境に身を置く事で、自分はなんとかやっていける事が出来たような気がします。

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